佐和山城
【城 跡 名】佐和山城 【所 在 地】滋賀県彦根市 【交通機関】JR彦根駅下車 本丸跡まで徒歩約30分 【築城年代】鎌倉期 【廃 城】1606年 【形 式】連郭式山城(比高136m) 【主要城主】石田三成、堀秀政、堀尾吉晴、丹羽長秀、磯野員昌ら 【遺構】曲輪跡、堀切、土塁、隅石(わずか2個)、井戸(千貫井戸)など |
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佐和山城大手口跡 佐和山城の大手口跡です。 中央の山が佐和山です。 |
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大手付近の土塁 大手付近の田圃の脇には、今も土塁跡が残ります。 国道8号線の歩道拡幅工事で一部が削られました。 |
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本丸跡からの眺望 本丸跡から彦根城を望みます。 関ヶ原の後に、この地へ移ってきた井伊氏は彦根山に新たに城を築きました。 その際、佐和山城の石材等を用い、佐和山は徹底的に破城したとされます。 |
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本丸跡の隅石 総石垣であった佐和山も今は隅石二つを残すのみです。 この隅石は本丸から少し下ったとこにあります。(案内板あり) この場所から推算すると、往時は高さ10m以上の高石垣が 存在したことになります。 |
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城跡に残る井戸−千貫井戸 城祉に残る井戸跡。今も水をたたえています。 千貫にも替えがたいといことから、その名がついたといいます。 |
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二の丸下大堀切 破城された佐和山城ですが、特に大手側には多くの遺構が残り、 この城の堅固さを伝えます。 写真は二の丸下の大堀切跡。 写真では分かりづらいですが、人物の左右が高さ3m以上に、 V字型に切りこまれた堀切となっています。 |
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大手側水の手 大手側二の丸・三の丸尾根の間の沢筋に、 水の手と伝えられるところがあります。 左の写真がそうで、画面やや右手に水の流れがあります。 往時はこの沢も堰きとめて、飲用に用いていたものと思います。 |
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馬冷池 水の手の下流にある馬冷池。 古図にも見られるこの池は、その名の通り、 馬を洗うために、使われたのかも知れません。 |